□所長の部屋

ごあいさつ

私たちは、従来型のいわゆる「先生」型の事務所ではなく、経営者の身近な相談相手、
親身なサポーターでありたいと願っています。

積極的に前向きに頑張っている経営者は、常に挑戦者であります。
そして経営者は、営業には強いが数字が絡む分野に弱い人が多い。

私たちは、経営者の方々と同じ目線に立ち、経営上の課題を数字の面から厳しくご意見させて頂くことによって
お客様のお役に立ちたいと考えております。

見たくない現実を見ることがつらいことであっても、現実を変えるためには勇気が必要です。

私たちの業務分野

 ・税務及び会計
 ・M&A援助
 ・経理業務の合理化指導
 ・決算診断と改善策策定
 ・経営計画書作成援助


プロフィール (私の歩み)

 ・長 伸幸 (ちょう のぶゆき)

 ・昭和28年佐賀県鳥栖市に生まれました。

 ・国鉄マンの父のもと、鳥栖北小、鳥栖中学校と進む。

 ・高校進学のとき久留米附設という名前を知り、進学。現在はソフトバンク孫正義さんやライブドア堀江さんの出身校として、また、地元では進学校として有名ですが、当時はすべり止めの高校ではレベルの高い方という程度の存在でした。高校に進むまで自分で電車やバスの切符を買ったことがなく、田舎で田んぼの中の家でのほほんと過ごしていました。

 ・大学は一橋大学。大学生活というより佐賀県育英会の学生寮松濤学会での4年間の寮生活が一番の楽しい思い出です。一生の友人達の集まりでした。
一橋大学に進み、公認会計士にラッキーにも合格。私の時は制度改革で前後の年に比べて会計士試験の合格者が5割増しでしたので、運が強いと自分でも思います。

 ・昭和51年、大学卒業と同時に米国系会計事務所アーサー・アンダーセン東京事務所に入社。10年いました。
アーサー・アンダーセンは、その後エンロン事件で実質破綻してしましましたが良い事務所でした。とにかく研修に力を入れている事務所でした。私なんかでも研修で海外に10回くらいは行かせてもらっていましたし・・・。それと仕事に貪欲な事務所です。色々な種類の仕事を貪欲に引き受け、それを根性とガッツでこなしていくというパターンでした。本当にここで学んでことが今の私の血肉になっています。

 ・昭和62年、福岡市でついに開業。

 ・それ以来、皆様のおかげでここまでやってきました。


なぜ自分で事務所を開いたのか

 ・公認会計士業界の通常のお客様は大企業ばかりではないにしろ、ある程度の規模の会社ばかりです。そういう世界では、当時は私もマネージャーになりたてでお相手するのはせいぜい経理担当の役員クラスです。
ところが、あるとき、本当に小さな会社の社長の仕事を手伝うことがあり、いつもお会いするのは「社長」。経営者とはどんどん意思決定する人で経営者と直接する仕事は、本当にワクワク楽しいものでした。
会計とか税務とか少しは自身がありましたので「会計」という道具を使って中小の会社、お金という血の流れをよくする仕事。お客様、即ち、経営者からのダイレクトの反応が得られる仕事をしたいという思いが押さえきれなくなりました。

開業してみたら

 ・思い切りよく、地元に近い福岡市で開業。
仕事は、当時バブルの景気もあってそこそこお客様は増えていましたが・・・。
経営者に教えるという「先生」意識がいかに間違えていたかを思い知らされました。
多少の知識よりも経営者の持つ行動力と直感的な理解力に圧倒されました。
何とか私も経営者の感覚、ものの考え方を学びたいと思い、試行錯誤を始め、今も学んでいる最中です。


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